音声言語教育不振の原因:修士論文06

修士論文
つばさ
つばさ

修論6回めでは、音声言語教育不振の原因について書きます。

 修士論文の6回めです。

 今回は、「音声言語教育不振の原因:修士論文06」について書きます。

音声言語教育不振の原因:修士論文06

🟠音声言語教育の歴史的流れ:修士論文06 

 今回は、「第2章:コミュニケーション能力育成の必要性」の中の「第3節:音声言語教育不振の原因」について書きます。

<音声言語教育不振の原因>

 この節では、音声言語教育の不振の原因について考えていきます。

 増田信一さん※1)は、「昭和20年代の経験主義教育による話し合いの重視」の時期から「平成時代の音声言語教育の再重視」の時期間に、谷があったとされていますが、どのような理由から音声言語教育が不振であったのか考察していきます。

 私は、音声言語教育の不振の原因は大きく2つあったと考えます。一つは指導者である教師の意識の低さです。もう一つは、教材ともいえる教科書の問題です。

1.教師の意識の低さ

 私は音声言語教育の不振第一原因は、教師の音声言語教育に対する意識の低さにあったと考えます。

 森岡健二さん(※2)は、話し方教育が、国語科の中で地位を得ることができなかった理由を、次のように述べています。

1 話すということは、対人的行為であり、場面への適応が最も重要な課題である。たとえば、相手が親か、きょうだいか、先生か、友人か、未知の人かによって、話し方は違うし、友人でも親疎・男女の関係によって微妙に違う。また、一対一・一対多、私的・公的、直接・電話などの場面の違いでさらに変わる。国語科の教室にこのような実の場を設定することは不可能である。

2 話すという場面への適応行為を指導する最良の教室は実生活であり、最良の方法は言葉の躾けである。以前は、家庭・学校を問わず、現場をとらえてその都度躾け教育がなされ、あいさつ、敬語、発声を含めた物の言い方、ことば遣い、さらに行儀よく聞くという習慣までがこのようにして教えられたものである。もちろん躾けという教育法は、叱る・咎める・嘲笑するといった現代の教育法に合わない面もあるが、教育の効果の上ったことは確かである。親と教師の失権の回復を望みたい。

「国語教育の課題」明治書院

 ここで森岡さんは、まず、「国語教室の教室に実の場を設定することは不可能である」と述べています。しかし、最近の実践の幾つかをみれば、教室を開いて地域の人を招いて話を聞いたり、地域に出てインタビューをしたりして成果をあげている例(※3)はたくさんあり、けっして不可能なことではありません。問題は、不可能だと思う教師の意識なのだと思います。確かに、地域の人を招いたり、異学年の子ども同士で話を聞き合ったりするような実の場を設ることは、事前の打ち合わせも必要になり、確かに大変です。しかし、要は、不可能だな、大変だなと感じる教師側の意識に問題があったのだと思います。

 森岡さんが述べているように「話すということは、対人的行為であり、場面への適応が最も重要な課題である」ということには、大賛成です。そうであるならば、そのような場面への適応ができる場をもっと積極的に国語の学習の中にもってくる努力をすればよいと考えるのか、不可能だと考えるのかによって、その後の教師の態度は変わってきます。

 多くの教師にとって、このような努力を払うことは、たいへんだという意識がこの時代にはあったのだと思います。現在でも引き続き多くの教師が、「国語教室の教室に実の場を設定することは不可能である」と感じていると思います。この意識を変えていくことが、大切なのだと思います。

 次に、森岡さんは、「話すという場面への適応行為を指導する最良の教室は実生活であり、最良の方法は言葉の躾けである」と述べています。ここには、本論で述べる「主に、音声を通して、人と人がお互いの考えや感情を伝えることで、相互に理解し合い、考えや気持ちを共有すること」という意味でのコミュニケーション能力を育成しようという観点は、ほとんどありません

 確かに、「ことばの躾け」を行う必要性を否定はしません。しかし、「話し方の指導は、小学校の段階まででは、言葉の躾けでなければならず、家庭・学校の環境全体の中で、その都度、現場をとらえて注意を促すという方法をとるべきだと思う」(※4)という考え方には、納得しかねます。ここには、系統的に子どもに話す・聞く能力を育てようという発想はあまりなく、場当たり的に、言葉の躾けをすれば、十分だという意識が見えます。

 音声言語教育の不振の原因が、教師の音声言語教育に対する意識が低かったことにあるという私と同じような考えをもっている学者に田中敏さんがいます。田中さんは、学習指導要領や親にも原因の一端があるとしつつも次のように述べています。(※5)

 話しことばへの関心の低さという点では、現場の教師も例にもれない。たとえば、「教室の話しことばを語る」と題された五人の小学校教師の座談会では、「国語科の先生だけではどうにもならない」状況がひとつの話題になっている。「児童のことばに対する敏感さが鋭い人とそうでない人がいる」、児童のおかしなことばづかいを「認めたり、使ったりすることによって、現代っ子に近づいたような錯覚をもつ人がいるのではないか」、それは、「ことばのごきげんとり」である、というぐあいである。

「児童の話しことば」大日本図書

 以上、話しことばに対する指導者側の状況をかいつまんでみてきました。ここでいえることは、そもそも話しことばの指導の問題は、指導者側の関心の低さにあり、いまだ確立された指導が始まっていない点にある、ということです。

 しかし、裏返してみるなら、具体的な指導方針と指導の方法が、書きことばに比べ判然としないことが、関心の度合を低くしているといえます。

 田中さんも述べているように「話しことばの指導の問題は、指導者側の関心の低さ」にあるということは、私たち教育を生業にしているものにとっては肝に銘じておく必要があることだと考えます。

2.教科書の問題

 私は、音声言語教育が不振であった二つ目の原因として、教科書に問題があったのだと思います。

 現行(この論文執筆当時)の教科書においては、数ページから十数ページ程度しか、音声言語教育に関係する教材がないという現状です。

 現行の教科書作成の基準になっている平成元年版の学習指導要領(※6)において、次のような記述が見られます。 

 音声言語の指導については、文字言語の指導との関連を図るとともに、日常生活の中に話題を求め、意図的、計画的に指導する機会が得られるようにすること。その際音声言語のための教材を開発したり活用したりするなどして、指導の効果を高めるように工夫すること。

平成元年版の小学校学習指導要領

 ここでは、指導者である教師に、音声言語の話題を「日常生活の中から」選びだしたり「教材の開発」を勧めたりすることを望んでいます。音声言語教育を盛んにするためには、極めてよい指摘です。しかし、多くの教師にとって、日々教科書を中心に学習を進めているという現状があります。その教科書の中に、音声言語に関する教材が、コラムのような形で数単元設定されているだけでは、「意図的、計画的に指導する」必要性を説いたとしても、絵に描いた餅のようなものです。この当たりの現状を文部省の教科調査官も認識しているようで、小森茂さん(※7)は、次のように述べています。 

 元年版(の学習指導要領)では、特にその中で音声言語の表現力、理解力を重視しました。ところが、検定基準を見ますと、学習指導要領に示す内容のうち、音声言語及び作文に関するものについては、簡単な例示にとどめる程度で差し支えないと、これがこれまでの検定基準なのですね。ですから、いくら文章表現能力重視、音声言語の力の大事な国語の学力、いくら調査官がムキになっても教科書が変わらなかった。 それが、今回の検定基準でとれた訳です。 

講演・小学校「改訂学習指導要領・国語科」の方向

 今までの教科書の検定基準では、現状の教科書のように「音声言語に関するものについて、簡単な例示」程度の記述量で差し支えありませんでした。しかし、現状のように教科書に教材が僅かしかない状態では、一部の熱心な教師を除いて、多くの学校や学級で音声言語教育が進展しなったのも無理はないでしょう。

 ここで小森さんが述べた検定基準で作成された教科書は、現在作成の段階であるので、新しく出来上がる教科書を見ないとはっきりとはいえませんが、音声言語教育が盛んになる可能性は高まったといえます。

 しかし、教科書に教材が載ったからといって安心できるものではありません。作文の教材などは、音声言語の教材に比べて、現状の教科書においてもたくさん載っているのですが、この作文の教材でさえ、ただ読むだけで終わっている学級もあるというのが小学校の現場の実態です。今回、新学習指導要領では、「話すこと・聞くこと」や「書くこと」に関する指導時数がそれぞれ明記されていますが、これは、このように明記しないと多くのクラスでは「読むこと」に関する指導に重点がおかれ、作文や音声言語に関する学習を素通りされるという傾向があるからでしょう。

<第2章第1節の※の出典>

(1) 増田信一さん 1994年「音声言語教育実践史研究」学芸図書 P17

(2) 森岡健ニさん 1988年「国語教育の課題」明治書院 (1994年 国語教育基本論文集成10 音声言語教育論  話し方・聞き方教育論 明治図書 P342)

(3) 元木公彦さん 1998年「コミュニケーション能力を育む試み」 月間国語教育研究通巻313号

(4) 森岡健二さん (2の論文集成 PP344-345 )

(5) 田中敏さん 1987年「児童の話しことば」 福沢周亮編 「子どもの言語心理 1 児童のことば」大日本図書 PP34-35

(6) 文部省 平成元年 小学校学習指導要領

(7) 小森茂さん 2000年 講演・小学校「改訂学習指導要領・国語科」の方向 実践国語研究別冊NO212 P15

⭐️          ⭐️

第2章第4節に進む:修士論文07内部リンク

修論の目次:修士論文01に戻る内部リンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました