修論5回めでは、音声言語教育の歴史的流れについて書きます。
修士論文の5回めです。
今回は、「音声言語教育の歴史的流れ:修士論文05」について書きます。
音声言語教育の歴史的流れ:修士論文05
🟠音声言語教育の歴史的流れ:修士論文05
今回は、「第2章:コミュニケーション能力育成の必要性」の中の「第2節:音声言語教育の歴史的流れ」について書きます。
<音声言語教育の歴史的流れ>
増田信一さんによれば、日本の学校制度ができた明治時代においては、「話し方教授そのものが未成熟で、読本の読み方教授に従属する形で断片的には存在したが、話し方の内容的指導も発表の形式に関する指導もこれといったものはなかったので、話し方教授そのものが国語科のお荷物的な存在にしか過ぎな」(※1)く、あまり活発なものではなかったらしいです。
やはり、日本の国語教育においては、「読み、書き、そろばん」という言葉に代表されるように、文字言語を子どもに身につけさせるという考えは根強く生きつづけていましたが、音声言語能力を育てたり、コミュニケーション能力を育てたりする必要感はあまり感じられなかったようです。
勿論、議会政治論を唱えた福沢諭吉さんのように、議論の必要性をとく知識人もいましたが、多くの指導者は、学校で学ばなくても話せるので、「話し方教授」を行う必要感をあまりもっていなかったようです。
増田さんによれば、日本の音声言語の教育が活発になった時期は3回あります。1つは昭和初期の時代、2つは戦後の新教育が始まった昭和20年代、3つ目は平成時代です。
1つ目の昭和初期の時代には、「『談話』や『話し合い』などが盛んになりだした。とはいえ、国定教科書絶対主義の体制にあったから、教師主導の型の一問一答式の授業形態が多かったが、授業の中に『話し合い』の形態が導入されたことは、音声言語教育において大きな前進」(※2)であったらしいです。
音声言語重視の「教育現場での顕著な動きがあったからこそ、文部省が国民学校令において、『話し方』を一人前の領域として、明確に位置づけるようになった」(※3)みたいです。しかし、戦争の呼び声と共に、この活発さは下火を迎えることになります。
次のピークは、昭和中期の戦後すぐからしばらくの時期です。この時期、それまでの教育観が覆され、占領軍の強力な指導による民主主義の新教育が実施されました。その中で、音声言語教育の必要性が強調されることになりました。そして、その意向の踏まえた指導要領も新しく作られました。
昭和26(1951)年の学習指導要領(試案)においては、「聞くこと」「話すこと」「読むこと」「書くこと」の4つの言語活動、つまり領域が設定されました。
「聞くこと」の学習指導の目標として、次のようなことがあげられました。(※4)
1.日常の話をすなおに、正しく聞き取ることができる。
2.相手の立場を尊重し、作法を守って、常に相手が話しやすいような態度で聞くことができる。
3.相手の話を聞くことによって、自分の語彙を広げ、表現力を高め、また、さまざまな知識をもとめたり、情報を得たりすることができる。
文部省 昭和26年 小学校学習指導要領
また、「話すこと」の学習指導の目標として、次のようなことがあげられた。(※4)
4.標準的なことばづかいや、正しいいいまわしで、礼儀正しく話すことができる。
5.話合い・討議・会議などに参加して、自分の意見を述べることができる。
6.生活経験・観察・読書などについての報告や発表ができる。
7.やさしい文学的作品の発表や、劇をすることができる。
文部省 昭和26年 小学校学習指導要領
NHKラジオの「国語教室」に深くかかわっていました青木幹勇さんによれば、「昭和二十年代後半における話しことばの指導は、この目標の達成につながろうとする意欲」(※5)を見せていたようです。そして、「多くの国語教室、さらには、学校教育の全般にわたって、こうした言語経験、言語活動がさかんに行われ」(※5)ました。
一定の成果はあげたのですが、一部では、かなり経験優先の指導が行われたために、「這い回る経験主義」というレッテルを貼られ、学力低下の批判を浴びることになりました。それとともに、このような経験重視の指導法は下火になりました。
しかし、話し言葉教育の必要性について、昭和20年代のこの時期に、多くの先達が、現代でも十分通用するたいへんよい示唆を述べています。
その一人、西尾実さん(※6)は、次のように話し聞くことばの必要性を説いています。
まず、話し言葉そのものの発達を図ることが必要である。わたくしは、ここのことについて、いくたびとなく、話し聞くことばで哲学し、話し聞くことばで科学的考察を進め、話し聞くことばで文芸を創作することが必要であるゆえんを説きもし、書きもしてきたが、いつも、それに加えて、言わなくてはならないことは、そのためには、それと同時に、日常の話し聞く生活そのものを、もっと発達させなければならぬということである。
言語生活はどうあるべきか
また、石井庄司さん(※7)は、話し方の本質について次のように述べています。
話しかた学習こそ、国語学習の最も根本的なものであるといってもよいのである。これまでの学校教育では、文字を読むことと文字を書くこと、いわゆる書かれたことばの学習が重んぜられていたのであるが、一体、われわれの実生活の上では、文字を読み書きするよりも、人の話を聞き、また自分も話すという、話しことばの方がはるかに広く大きいのである。たとえば一日に一度もペンや筆を持たない農夫や漁夫も、一度も口をきかないということはないのである。
話しかた学習の本質
そして、全校あげて話しかた学習を進めていく必要性を述べています。
両者の考えは約50年過ぎた21世紀の現代においても十分通用する考え方です。音声言語教育について、理論面では、今とほとんど変わらないようなたいへん志の高い考えをもった研究者や実践家もいたのですが、全国の普通の教室で一般化するまでには至りませんでした。
甲斐雄一郎さん(※8)や西田拓郎さん(※9)が指摘しているように、その理由は、国語学者であり、学習指導要領作成委員でもあった森岡健二さん(※10)の次のような考えに現れています。
話す教育を国語科から外し、内容教育よりも文字・語彙教育に力点を置きたい。
国語教育の課題
森岡さんのような考えは、国語科学習において、何を重視するかは人によって違うのでしょうが、「話す教育を国語科から外」すという考えは、多くの教師も同じようにもっていたと思われます。
それゆえ、昭和20年代からしばらくの間、国語科学習において、一部の教師を除いて、「話しことば」教育は低調なままであったのでしょう。このことは、第2章第3節の中でもう少し詳しく言及します。
増田さんが指摘する日本の音声言語の教育が活発になった3つ目は平成時代です。「平成元年度版学習指導要領が音声言語教育を重視する方向を打ち出した」(※11)こともあり 実践事例を書いた本や理論書も多く出版されるようになりました。
平成元(1989)年度版小学校学習指導要領の小学校指導書国語編(※12) には、次のような記述が見られ、音声言語教育の必要性について公の立場から述べています。
小学校の国語科については次のような考え方で改訂を行った。(中略)
(2)話すこと・聞くことの指導の重視
「表現」「理解」及び〔言語事項〕を通して、話すこと・聞くことに関する指導事項を明確に示した。
文部省 平成元年版 小学校学習指導要領
さらに、平成10(1998)年告示の小学校学習指導要領では、それまで「表現」と「理解」として分割して明記されていた「話すこと・聞くことに関する指導事項」を新たに、「話すこと・聞くこと」の新領域として設けています。
それ以前の指導要領では、長い間、話すことは書くことと併合され「表現」と、聞くことは読むことと併合され「理解」として示されていました。その結果話すことと聞くことが完全に分離する形で示され、実際の指導の実情に馴染まない不自然さがありましたが、解消されることになりました。
さらに、1年から4年までは年間30時間程度、5、6年については、年間25時間程度を配当するように明記されています。
平成10(1998)年告示の学習指導要領において、「話すこと・聞くこと」という新領域が設けられたこともあり、国語関係の出版物の中に「音声言語」「コミュニケーション能力」「話すこと・聞くこと」といったキーワードの並ぶものが多くなりました。(※13)
それらの中には、示唆に富むものも多く、指導に生かせるものも数多いです。
<第2章第1節の※の出典>
(1) 増田信一さん 1994年「音声言語教育実践史研究」学芸図書 P223
(2) 増田信一さん 同上 P115
(3) 増田信一さん 同上 P116
(4) 文部省 昭和26年 小学校学習指導要領
(5) 青木幹勇さん 1991年「表現力(話す力)の指導内容論」 明治図書 (1994 国語教育基本論文集成10 音声言語教育論 話し方・聞き方教育論 明治図書 P40)
(6) 西尾実さん 1951年「言語生活はどうあるべきか」至文堂 (5の論文集成 P91)
(7) 石井庄司さん 1949年「話しかた学習の本質」教育新報社 (5の論文集成 P71)
(8) 甲斐雄一郎さん 国語指導研究 第3集 筑波大学国語指導研究会 P1
(9) 西田拓郎さん 1999年「単元学習によるコミュニケーション教育」明治図書 P37
(10) 森岡健二さん 1988年「国語教育の課題」明治書院 (5の論文集成 P353)
(11) 増田信一さん 1994年「音声言語教育実践史研究」学芸図書 P226
(12) 文部省 平成元年版 小学校学習指導要領
(13) 市毛勝雄さん編 2000年「『話し方・聞き方』新教材と授業開発」全2巻
高橋俊三さん編 2000「音声コミュニケーションの教材開発・授業開発」全4巻などです。
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