モラルジレンマ資料について知りたいです。
小学校では、週に1回、道徳の授業を行います。
授業の方法には、いくつかあります。
今回は、「モランジレンマ資料の活用」について書きます。
モランジレンマ資料の活用
🟠モランジレンマ資料の活用
<モラルジレンマ資料>
道徳の授業の方法の1つに、コールバーグ理論の知見を手がかりにした指導方法があります。
この方法は、日本では、1980年代後半から用いられている教育方法です。
それは、モラルジレンマ資料という教材を用いて行う方法です。
モラルジレンマ資料というのは、子どもたちに道徳的価値の葛藤をおこさせる資料です。
道徳的価値に関する葛藤をえがき、明確な結末を書かずにオープンエンドしている資料です。
子どもたちにはどうすべきかという問いが投げかけられ、葛藤の中で問題解決的に考えることになります。
小学校低学年向けの資料としては、「正直に言うか、言わないか」というように、1つの道徳的価値について扱われる資料が多いです。
高学年向けの資料では、2つの道徳的価値の間での葛藤が扱われることが多くなっています。
<コールバーグが作成した「ハインツのジレンマ」>
ここでは、コールバーグが考えた「ハインツのジレンマ」という資料を示します。
「ハインツのジレンマ」
ある女性が病気になり、死が迫っていました。医者によれば、その女性を救うためにはある薬を飲むしかありません。
その薬は、同じ町に住む人の手によってすでに作られていました。薬を作るためにかかった費用は 200 ドルにも満たない額であったにもかかわらず、 その人は薬に 2,000 ドルの値をつけていました。
病気の女性の夫であるハインツは、薬を買うためにお金を集めようと、知り合いを何人も訪ねましたが、お金は必要な額の半分しか借りることができませんでした。ハインツは薬を作った人に、妻を救いたいので薬を安くで売ってくれるか、 あるいは代金を後払いにしてほしいと頼みましたが、薬を作った人は、「だめです。私はお金を稼ぐために薬を作っているのだ」と言い、薬を売りませんでした。
ハインツは悩んだ末、薬屋に押し入り、薬を盗みました。
ハインツは薬を盗むべきだったのでしょうか。それとも盗むべきではなかったのでしょうか。
ハインツのジレンマ
ここでは、2つの道徳的価値がハインツを悩ませます。1つは、妻の命を助けるべきか、あきらめるべきかです。もう1つは、そのために、薬を盗むべきか、薬をあきらめるべきかです。妻の命を助けようとすると、犯罪に手を染めなければいけません。でも、そのまま何もしないと妻の命は助かりません。
もし自分がハインツの立場になったとしたら、どちらの道を選ぶのがよいのか、多くの人が悩むと思います。
<具体的なモラルジレンマ>
ここでは、簡単なモラルジレンマの例を出します。
ある子どもが友だちと運動場の端の方で遊んでいました。友だちが怪我をしたので、担任の先生を呼びに行こうと思います。先生は、きっと校舎の端の3階にある自分たちの教室にいます。友だちが怪我をしているので、できるだけ早く助けを呼びたいです。でも、廊下や階段を走っていくのはルール違反になります。
その子は、ルール違反になっても廊下や階段を走って先生を呼びに行く方がよいですか。それとも、やはりルールを守ることは正しいことなので歩いて先生を呼びに行く方がよいですか。それとも他の方法を取るようにするのがいいですか。
これは、本当に簡単なモラルジレンマの資料です。
このようなモラルジレンマの資料を、自分の担任している学級の子どもの様子や実態に合わせて自分で作成し、道徳の授業を行うことは、とても有意義なことです。
アメリカの小学校では、このような簡単な例を宿題で出すこともあるそうです。その際も、ただ単に自分が選んだ方法で、その理由を考えてくるのではなく、自分の選ばなかった方法で、その理由を考えうように指示することもあるそうです。
<モラルジレンマ資料の原則>
教員がモラルジレンマ資料を自作するときには、いくつかのルールがあります。
それは、次のようなものです。
① お話は単純なものにすること。
② オープンエンドのお話であること。
③ お話の展開の中に「価値の葛藤」があり、それを考えることで道徳性を発達させるものであること。
④ 子どもからからさまざまな意見が出るようなものであること。
⑤ 日常生活の中で実際に起こるようなこと、生じるような状況であること。
⑥ 現実の特定の誰かを傷つけたり攻撃する場面や状況は設定しないこと。
⑦ クラスの実態や子ども1人1人の必要感にあうジレンマにすること
⑧ 「主人公は何をすべきか」というように、主人公がとるべき行為を意志決定するような発問にすること。
<実際の世の中にあるモラルジレンマ>
今、私たち大人が住む世の中や社会にも、多くのモラルジレンマが存在します。
安倍元首相の国葬を実施するかどうかも、1つの大きなモラルジジレンマの問題であったのかもしれません。
宗教と政治の関係についても、様々な価値の葛藤があります。
世の中には、多くの価値の対立や相違があります。
民主的な社会では、それらの問題に対して、相手の考えも取り入れながら、暴力に訴えるのではなく、冷静な議論を行い、よりよい道や方法を選択することが必要です。
そのような観点からも、道徳の授業の中で、モラルジレンマ資料を活用し、授業することは意味があると思います。
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